江戸時代の屋形船

神田川が隅田川に落ちるところに広がる町、柳橋。江戸時代には花街として栄え、昭和30年代までは新橋と並び称される高級料亭街でした。時代の流れとと もに、料亭が下火になると一軒、二軒と姿を消していき、街の様子もすっかり様変わりした。今では、神田川の両岸に並ぶ屋形船と船宿が、かつての風情をわずかに伝えています。
隅田公園への道行き、頭の上をいくつもの橋が通り過ぎていく。蔵前橋、うまや橋、駒形橋、吾妻橋と数えてきて、言問橋に至るころに両岸に咲き誇る桜が見え てきた。花見の名所として名高い墨堤の桜は、江戸時代に8代将軍・徳川吉宗によって植えられたもので、年とともに次第に本数が増えていき、春には見物客が押しかけるようになりました。屋形船は浮世絵に描かれたり、川柳に詠まれたり、落語の題材にされたりといった例は数知れず。屋形船はいかに江戸の庶民に親しまれていた ことを知ることができます。

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